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いよいよ手術(7W4D)

2003/05/27 19:08

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

「○○さん(私)、手術室が開いたので今から準備を始めますね」

夕方5時。いよいよです。看護士さんたちもちょっと神聖なおももち。まるで何かの儀式みたい・・・。

血腫防止のための長い靴下を履かされ、ガラガラベッドに乗せられて、ホント、TVドラマみたいに運ばれ、
思わずダンナしゃんと顔を見合わせて笑ってしまいました。

そして手術室に入る直前、ダンナしゃんが、姉もいるのに「頑張れよ!」と手を握ってくれた途端、
うれしさと不安が入り交ざって涙が出そうになってしまいました。

手術室に入ったら、今度は渡辺淳一の小説そのもの。
音楽(なぜかロックだった)が流れていて、あ、これが無影灯、心電図、手術用のベッドは案外幅が狭くておっこちそう・・・等々。

何人かに囲まれて次々身体に何かつけられたと思ったら、あれよあれよという間に手術開始。
麻酔医が「今から麻酔します。左側からだんだんしびれる感じがしますよ~」といった途端、
ジーンと身体がしびれて重くなって、思わず目を閉じてしまいました。

次に気がついたとき、手術はもう終わっていました。

私はなぜかエンエン泣いていました。
傍らにダンナと姉がいて、「こんなに痛いのに医者はどこだ!?」って感じ(かなり意識もうろう)。

生理痛の重いのがずっと続いてる感じで、とにかく泣けてくる。
ダンナしゃんは笑ってというか、あきれて、
「こんなのが我慢できないんじゃ、子供なんか産めないよ!」な~んて言ってるし・・・。
姉はビックリしてたけど、ま、きっとこれもヤツの気の使い方なんだろうな。

術中に、ダンナしゃんは切除した卵管(私の赤ちゃんだよね・・・)を見せてもらったそうです。
赤褐色でホタルイカのような感じで、よくここまで耐えていたなと思ったそうです。
(私は見せてもらうことができませんでした)

病室のベッドに運ばれたら、今度はおしっこの管が気になってしまいました(膀胱炎みたいな感じ)。
「痛い、痛い」といっていたら、点滴を打ってくれました。

そしてふと、「そういえば、明日手術の人が2人いるんだ。私が痛がってたら不安で眠れないだろうな・・・」と、
なるべくうなるのを抑えました。

その日は2時間おきに点滴交換があり、そのたびに目がさめました。
膀胱付近がイタくて眠れないんだけれど、ようやく眠れたかなってころにまた起こされて、
ほとんど眠れませんでした。


<つづく>




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子宮外妊娠体験記  | コメント : 0

手術についての説明(7W4D)

2003/05/27 18:44

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

夕方になってダンナしゃんが到着し、執刀医から手術の概要や輸血などのリスクについて説明されました。

腹腔鏡手術になりますが、癒着がひどい場合は開腹に切り替わる可能性もあります。
腹腔鏡はユーフォーキャッチャーみたいなやつで卵管を切除して取り出します」

--ってオイオイ、とれなかったらどーするんだ?もう100円入れるんかい?
っていうくらい軽い説明でした。まぁ実際かなりそれに近い感じなのですが・・・。

病室に戻ったけれど、どーも腑に落ちない。
卵管切除は最初から決まっているみたいだけれど、残す方法はないのか?

不安になってもう1度先生に確認すると、
「残す方法もないわけではないけれど、再発のリスクもあります。1つ取ってしまっても妊娠できないわけでなないし、今は体外受精という方法もあるから切除してしまったほうがいいですよ」
というような説明を受けました。

「どういう手術方法にするかを決めるのは患者自身なのでは?」
とも思ったけれど、ま、切除がベストなのは自分でもわかっているし、ここは信じるしかない・・・。

腹腔鏡手術についての説明はとてもわかりやすくしてくれたけど、
ただ、もう少しいろんな選択肢とリスクを説明してくれてもいいのにな。
最終的に選んだ結果は同じでも、「自分で決めた」って思えるほうが納得できる・・・。
お医者さん、こういう手間隙だけは省かないでほしいです。


この日は婦人科のオペ日ではなく、他の科の手術と手術の合間を縫ってオペが行われるとうことで、
不安な気持ちで病室で待ちました。その間に姉もやってきてくれました。

来るまでは、「来なくていい」という気持ちが強かったのに、やっぱり来てもらうと心強かったです。
ダンナしゃんに頼むのをためらっていた、生理用のパンツとナプキンも買ってきてくれました。

そういえば、今日はお姉ちゃんの誕生日だったね・・・。
ベッドに書かれた日付を見て、初めて気がつきました。


<つづく>




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子宮外妊娠体験記  | コメント : 0

いきなり入院(7W4D)

2003/05/27 17:12

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

紹介された病院に着くと、あまりの大きさにビックリ。
ちょっと迷子になるものの産婦人科へ。

カーテン越しに先生が「ダグラス」と看護士に指示を出しているのが聞こえました。
「あぁ、やっぱりやるのか~」

「ダグラス穿刺」といって、子宮外妊娠の診断に欠かせない検査なのですが、
なんとアソコから注射を刺して、腹腔内に出血があるかどうかを調べるという、とんでもない検査。

考えただけでも痛そう・・・。

「麻酔してますからね~」
といいなが、綿みたいなもので子宮の入り口付近をポンポンたたいていたかと思ったら・・・
ズキーンと激痛が走って、思わず「イタッ!」と声が出てしまいました。
その後さらにチクチクと膣内に激痛が走って、しばらくパンツもはけず放心状態。

星が飛んだよ・・・。

先生のいる個室に呼ばれると、机の上に今度は「手術承諾書」の紙が。

「間違いなく子宮外妊娠ですね」

先ほど採取した注射を得意げに?見せられました。
「ほら、ちょっと取っただけでこんなに出血しているよ。今日手術したほうがいいので、
すぐにご家族の方を呼んでください」とのこと。

なんだか、自分の周りが目まぐるしく動いていく感じがしました。
そして私はというと、車椅子に乗せられて心電図とレントゲンの検査に。
会社に行く普通のカッコウだったから、なんだか車椅子とあまりにも不似合い。
これって、まるで仮病なのに病院に連れて行かれる小学生みたいじゃない!?
レントゲンでは「妊娠の可能性はありませんか?」なんて聞かれちゃうし・・・。

一通り手術前の検査が終わって、病室へと案内されました。
でも、着替えも何もないので、仕方なく洋服のままベッドに横になりました。

その後、看護士、薬剤師、執刀医が次々とあいさつにやってきました。
(まるで○○教授の総回診みたい・・・)
おまけに看護士だと思っていた人が執刀医と聞いて、さらにビックリ。妹と変わらないくらいの年齢でした。

だ、大丈夫か!?


<つづく>




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子宮外妊娠の診断下る(7W4D)

2003/05/27 16:12

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

診察台を降りると先生が紹介状を書いているのが見えました。嫌な予感・・・。

なんと、エコーで腹部に出血を確認。
尿検査の妊娠反応も依然強く、おまけにたいのうは相変わらず見えない。体温も高いまま。

子宮外妊娠の可能性が高いということで大きな病院を紹介されました。
それも、「今すぐ、電車じゃなくてタクシーで行ってください。先方には連絡しておくから」と。

ダンナしゃんに連絡し、とにかく大きな病院に行って状況がわかったら再度連絡を入れることになりました。
また、スーさんの会社にも連絡し、しばらく会社に行けなくなるかもしれないということを伝え、
取り急ぎ必要な仕事を電話で引き継ぎました。
(この時点で仕掛かり中の特集ページ多数・・・。いったいどうなるんだ!?)

7W4D。私はこれからどうなるんだろう・・・


<つづく>




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子宮外妊娠体験記  | コメント : 0

お腹がパンパンに・・・(6W4D)

2003/05/19 15:27

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

会社に復帰するとともに、いったんおさまっていた出血が再び増加。
しかもだんだんと鮮血に近い色になり、またあわてて病院に行きました(6W4D)。

たいのうは見えず、この時点で妊娠継続の可能性はほとんどないと告げられてしまいました。
ただ、「流産の可能性が高いけれど、子宮外妊娠の可能性もないわけではない」ということで、
また1週間経過を見ることに(このとき、妊娠反応もまだ強く高温期が続いていた)。

「また1週間か・・・」

ハッキリした診断が出ずイライラしたけれど、この時点で「もうだめなんだ」とかなり諦めモード。
初期流産ならソウハの手術も必要ないとのことだったので、逆に少し安心したりして・・・。

念のため看護士さんに「子宮外妊娠だとどれくらい痛いんですか?」と聞くと「我慢できないくらい痛いです。でもそこまで我慢しないでください」と言われ、思わず笑ってしまいました。
この時は「このまま流産なんだろうな」と漠然と考えていたのでした。

出血はあいかわらず多く、さらに2~3日後からお腹がパンパンに張り出してきました。それも異常なくらい。
履いていたパンツのボタンが夕方には閉まらなくなり、夜にはチャックも途中までしか上がらず苦しい・・・。

見た目は妊婦そのもので、フクザツな気持ち・・・。

おまけに膣からズキーンと突き上げるような、経験したことのない痛みが襲い、立っているのもやっとで、
数日間グリーン車で帰宅しました(高田馬場-鎌倉と遠距離通勤のため)。

パンパンのお腹を見たダンナしゃんもさすがに驚いていたけれど、
「我慢できない痛み」ではありませんでした。
それに翌朝になると、お腹はウソのようにひっこんでいたのです。

でも、夜になるとまたお腹がパンパン、加えて、ひどい胃の圧迫感とムカツキまで出てきました。
トイレに行っても、上からも下からも何も出ない・・・。

不安だったものの、「家庭の医学」に書いてあるような、子宮外妊娠特有の片側の下腹部痛もなかったし、まだまだ我慢できる範囲内。
真夜中に先生のご自宅に電話をかけるのもためらわれました。(救急車なんてもってのほか!)

こんなことが2~3日続いたので、翌日さすがに朝イチで病院に行くことにしました。

このとき7W4D。


<つづく>




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想定外の出血(5W4D)

2003/05/13 14:51

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

妊娠がわかってわずか3日後(5W4D)--。

朝起きてトイレに行くと、茶色い出血が(生理終わりのころのような感じ)。

少量だったのでナプキンもせず病院に向かいましたが、途中でイヤ~な予感。急いでコンビニでナプキンを買ってトイレに駆け込むと、パンツどころかズボンにまでドス黒い血が・・・。それに生理痛のようなお腹の痛みも出てきてしまった。

泣きたくなるのをグッとこらえて、2時間近く待ってようやく名前が呼ばれました。
けれど、「週数が早すぎるので、まだ何ともいえない」とのことで、またまた1週間後に来院するよう指示されました。

そしてこのとき初めて、流産か子宮外妊娠の可能性があることも告げられました。

スーさんの回りでは流産を経験している人が多かったため、「こういうこともある」と比較的冷静だったと思います。ただ、子宮外妊娠は確率からいってまずないだろうとタカをくくっていました。

しかも私のおばが、私が生まれる前に子宮外妊娠で亡くなっており、こんなことが身内で続けて起こるハズなどないと思っていました。

とにかく「安静に」とのことで、翌日会社に出て仕事を片付けて(一部は持ち帰り)、3日間+週末の安静生活。

ただ休んだ初日に、1日じゅう会社からの電話攻撃に会い(小さな出版社だから仕方ないけれど)、何か体がダルいな~と思ったら38度の発熱。イライラもピークに達し、最後には受話器を投げつけてしまいました(今にして思えば、情緒不安定だったのかも)。夜9時以降は電話を無視、翌日熱は下がりました。

やがて出血を抑える薬が効いてきたのか、出血も日に日に少なくなりました。


<つづく>




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初めての妊娠(5W1D)

2003/05/09 14:08

~過去に体験した子宮外妊娠について、ふり返って綴ります~

当時、スーさん33歳、ダンナしゃん34歳。

子供はなんとなく欲しかったものの、仕事が忙しかったり(スーさんは雑誌編集、ダンナしゃんはSE)、共通の趣味のダイビングを楽しんだりと、典型的なDINKSを満喫していました。

そして、スーさん33歳の誕生日を前に、ようやく不妊治療専門病院の門を叩いたのでした。

約1ヶ月間、ホルモン検査、卵管造影などさまざまな検査をした結果、お互いこれといって悪いところは見当たらなかったのですが、「フーナーテスト」(夫婦生活の後、子宮から内容物を取り出し、そこに生きた精子がいるかどうかを確認する検査)で子宮内に生きた精子が確認できず、人工授精を進められました。

人工授精2回目で妊娠確認(5W1D)。生まれて初めての妊娠でした。

診察台の上で喜ぶスーさんの耳に、
「たいのう(赤ちゃんの部屋)はまだ見えないね。でも、この時期はまだ見えないこともあるから・・・。1週間後にまた来てね」という先生の言葉。

そのとき、その言葉の意味することはまったく理解できていませんでした。

もちろん、言葉通りに受け止めれば、素直に妊娠を喜んでいいのでしょうが、「たいのうが見えない=流産や子宮外妊娠の可能性」ということは、まったく知りませんでした。

そんなことも知らないスーさんは、すっかり妊婦さん気分。お祝いにダンナしゃんとウナギを食べに行って、妊婦の雑誌も買って、赤ちゃんの名前まで考えて・・・。
「こんなに早く妊娠するなら、もっと早くから治療始めてればよかったね」なんて言ってたくらい。

1週間後の検診を心待ちにしていたのでした。

<つづく>




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